2019年08月

伊藤光晴「私にとっての加藤周一」を読む。

2019/8/31(土)晴れ。
☆プールで、フルメニューを楽しみ、イオンで買い物を少し。通帳記入を済ませる。帰宅すると、娘(J2)が立ち寄ってくれていた。書斎で8月分の家計簿を締める。すべて必要経費だと納得。チャチャは落ち着いている。カミサンが丹念に食事と水分を提供。この分だと、動物病院へは月曜日(9/2)でいいかなと思う。

☆伊藤光晴(1927年生まれ。京都大学名誉教授。経済学者)の「私にとっての加藤周一」(岩波書店『図書』19/9)を興味深く読んだ。文中に、奈良本辰也さんが出てくる。懐かしい。

☆「生きよう 戦争を伝えるために」(主婦・戸蒔緑。岩手県・83歳。「声」8/31M)〇8月6日広島、8月9日長崎。原爆が投下され、多くの尊い命が失われた。国の外でも数知れず、尊い命が失われた。終戦から74年を経ても、残された家族にとって悲しく、悔しい思いが消えることはない。私が6歳の時、父は治安維持法に触れたと検挙され、152日間、留置場に置かれた。国語教師だった父は、現実をしっかり見つめ、考え、ありのままを表現する「生活綴(つづ)り方」の指導に心血を注いだ。それがいけないことだという。母は、たった一人の兄をシベリアの戦地で失った。私の息子が生まれたとき、「戦争が再び起きたら、山に隠してでも兵隊にはやらない」と言った。その言葉に打たれた。80歳を過ぎ、「生きていても、だれの役にも立っていないなあ」と思うことが増えた。91歳で逝った夫の新盆を済ませてからは、なお、そう思った。でもこの8月、幾たびかの黙禱を重ね、気がついた。戦争を体験した者が子どもや孫に、戦争を知らない人たちに、戦争は二度と繰り返してはいけないと伝える役目がある、ということに。残り少ない人生だけれど、もう少し生きよう。◆わたしの「戦争体験」など、人さまに語りうるほどのものはほとんどない。しかし、この方の「思い」は貴重だ。そこから「生きよう」という意欲が湧いたことに、拍手!今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。

奥地圭子『不登校という生き方』が届く。

2019/8/30(金)曇り。激しい雨が降る。
☆2時、プールへ。フルメニューを楽しみ、5%引きのイオンでウイスキーなどをゲットする。眞一君と一希君が、わが家でゆったり過ごしたあと、友だちんちへ。◆寺島書店から、奥地圭子『不登校という生き方-教育の多様化と子どもの権利』(NHKブックス。2005/8)が届く。5時、チャチャを動物病院に。体重2.82㌔、体温38.1度。いくぶん活動的になったような気がするが。

☆「子の命守れる場?学校に関心を」(元中学校教員・佐藤くみ子。東京都・71歳。「声」8/30M)〇「学校がすべてじゃない」「学校から逃げていいんだよ」-夏休みが終わる季節になると、電車のつり広告や新聞などでこんなメッセージを見かけます。学校自身や教育委員会、文部科学省は、こうした「学校に行かない選択肢」をどう受けとめているのでしょうか。行かなくていい学校、学校に順応できる子だけを対象とする学校を、これからも続けるのでしょうか。子どもや保護者には学校を見限る権利はありますが、学校側には「見限るならどうぞ」と言う権利はないはずです。小中学校は義務教育なんですから。2020年度、小学校の学習指導要領が新しくなります。それは「学校がつらい子」をなくすものでしょうか。学習についていけない子への手当てが十分行われ、クラスの中に仲間の人権を大切にする話し合いの場が保障され、お互いを尊重し合う学校が実現するための「手引き」なのでしょうか。世の大人たちはもっと学校に関心を持つべきだと思います。学校が本当に子どもの命と幸せを守る場所なのか、真剣に考える責任が大人にはあります。◆小中学校に出かける機会が多いわたしの感想によれば、学校という空間とシステム、そこに漂う独特の雰囲気は、「いのち・生き合う」感性とはほど遠いように思われる。「間違って人間。失敗して人間」という、人間肯定の精神が稀薄なのだな。わたしは、これまで多くの間違いと失敗をしてきた。そこから学んだことが、いまの生き方につながっている。「わたしはつねに正しい」と生徒の前で胸を張っている教師はアカンな、今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。

親をどう呼んだか。

2019/8/29(木)晴れ。
☆8時過ぎ、眞一君と一希君が、わが家に。12時過ぎ、プールへ。フルメニューを楽しみ、イオンで買い物。午後、読書(『かこさとしの世界』平凡社)。記事「現代の栞 『一九八四年』 1949年刊 ジョージ・オーエル。◀◀監視社会への警鐘」(岩井建樹。8/28M)に誘われて、書架からジョージ・オーエル『一九八四年[新約版]』(高橋和久訳。早川文庫)を取り出す。

☆「『母ちゃん』の呼び方にほっこり」(介護福祉士・稗方[ひえかた]かよこ。福岡県・54歳。「声」8/29M)〇スーパーでのこと。「母ちゃん、これ買って!」。振り返ると5歳くらいの子供がお菓子をねだっていました。へえー、今でも「母ちゃん」と呼ぶ子がいるのか。キラキラネームの子が多い時代に、「母ちゃん」が健在だったことにうれしくなりました。私は幼い頃から現在まで「父ちゃん、母ちゃん」派。周りの友達が母親のことを「お母さん」と呼ぶのに気づき、なぜ我が家ではそうではないのかと母に尋ねたことがありました。母は真面目な顔で「父ちゃん、母ちゃんって呼んだ方が可愛か」と。すんなり納得しました。かくして、我が家の子供たちも「父ちゃん、母ちゃん」と呼ばせています。最初、抵抗があったような夫も子供から笑顔で「父ちゃん」と呼ばれれば「うん」と答えます。私も「お母さん」より、ほっこりとする気がしています。◆わたしが生まれ育ったのは、京都市下京区中堂寺北町。松原通り東新道西入る南側。山陰線の踏切から100㍍西。周りは小売店と職人の下町だった。「おっかさん・おっとさん。おかあちゃん・おとうちゃん」が一般的で、「おとうさん・おかあさん」は珍しく、「ママ・パパ」は聞かなかったなあ。わが家は「おかちゃん・おとちゃん」。親の呼び方には生活文化の差異が表われているのだな。今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。」

「教職員組合はいま」

2019/8/28(水)時雨れ、のち晴れ。
☆10時、チャチャを動物病院に連れて行く。体重2.92㌔、体温37.3度。オシッコもウンチも出る。しかし自分から水を飲んだり、パウチを食べることはしない。すべてカミサンが与えている。しかし、帰宅して玄関で籠から出すと、すいすいと2階に上がっていった。今日は点滴のみ。◆12時半、プールへ。フルメニューを楽しみ、イオンで買い物を少し。午後、読書(『かこさとしの世界』平凡社)。

☆「現場へ!教職員組合のいま②-『学校あるある』を問い直す」(8/27M。杉原里見)〇文部科学省の調査によと、18年10月1日現在、日教組の加入者数は約23万人。今も最大の教職員団体だが、加入率は22.6%にとどまる。◆戦後の一時期を除いて、教員の組合加入率は逓減し続けているようだ。背景に、文部省などの「正常化」と称する組合切り崩し策動があったことは確かだが、教員自身に「労働者という意識」が稀薄化してきたことも関係しているのではないか。ある中学校で「労働三権」を尋ねたら、答えられない教員が多かった。そこに「聖職者意識」が介在していることはまちがいあるまい。そんな人が「労働者の権利」につい壇上から語っているのだ。ああ。

☆「葬祭場職員の思いやりに感動」(喫茶店経営・志賀美穂子。愛知県・68歳。「声」8/25M)〇若い女性がモーニングを持ち帰りたいと言う。「コーヒーはフタ付きカップではないので」と断ると、残念そうに「何とかなりませんか」。そして、葬祭センターの職員だと名乗り、「今日の葬儀の方は以前ここのお店でよくモーニングを食べていらしゃったとか。自分の一存ですが、お供えをしてさしあげたかった」と事情を話された。ならばと、トーストとゆで卵とカップをトレーにセットし、熱々のコーヒーは大きな保温ポットに入れた。「残りのコーヒーは遺族の方に飲んで頂いて。お代はせめてもの香典代わりに」。亡くなった方は思い出せないけれど、入社半年という彼女の「その人らしく送ってあげよう」との思いに感動した。食器を返却にみえたおり、「遺族がとても喜ばれました」という彼女に「私もあなたのようなスタッフのいる斎場で送ってほしいわ」と伝えた。◆「いい話」に、こころが温かくなるなあ。今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。

特殊(特種)と一般(普通)

2019/8/27(火)晴れ、ときどき小雨。
☆午後、プールへ。フルメニューを楽しみ、イオンで買い物を少し。眞一君と一希君が、わが家に。莉子さんは学校から自宅へ直行。◆『かこさとしの世界』(平凡社)を読み始める、巻頭に「子どもたちは、ちゃんと自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の力で判断し、行動する賢さを持つようになってほしい。その手伝いをするのなら、死にはぐれた意味もあるかもしれない。」とある。繰り返される「自分の」とは、どういう意味だろう?◆チャチャは、きちんと食べ、水を飲み、階段を上り下りする。うれしいなあ。

☆特派員メモ(8/27M。ニューヨーク。藤原学思。「『ふつう』って何?」〇性的マイノリティーに優しい街といわれるニューヨーク。中でもバー「ストーンウォール・イン」は象徴的な場所だ。1969年6月28日、同性愛者が集うこのバーを警察が家宅捜索し、大規模な暴動が起きた。翌年6月、同性愛者らが権利擁護を訴えるデモ行進を始め、これが性的マイノリティーのパレードの原点とされる。暴動からちょうど50年の日、バー周辺には数千人の人だかりができた。性的マイノリティーや支援者の象徴である虹色の旗がそこかしこになびいている。ニューヨーク在住のシャリニさん(23歳)は性にとらわれず人を好きになる「パン・セクシュアル」。気分はどう?「自分自身を隠さなくていいって幸せ。ここでは受け入れられているって思う。一人じゃないと」。そう言って、辺りを見渡した。でも、次の質問に彼女は顔をしかめた。「ノーマル」じゃないって気づいたのはいつ?「ストレート(異性愛者)じゃないってこと?」とシャリニさん。そうだ、そう尋ねるべきだった。性的指向や性自認に「ふつう」なんてない。他人が評価するべきものじゃない。自分の言葉の軽薄さに、謝ることしかできなかった。◆「特殊(特種)と一般(普通)」という二項対立的発想は、ありふれたものだが、そこに人間観と人間関係について深い問題が潜んでいることは気づきにくい。わたしは部落問題を勉強し始めたころ、被差別部落出身者から「一般・ハク」と呼ばれて、「一般・ハクがあるなら、特殊(特種)がある。そんな関係を変えることが大切やないか」と抗議したことがある。あれから61年。しかし現状は前途遼遠だな。今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。
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  • 孫たちと久しぶりに山小舎へ行く。
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藤田 敬一

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