2018年11月

久しぶりに豊田市に出かける。

18/11/30(金)晴れ。
☆6時、起床。身支度を整えて7時前、出発する。名鉄岐阜駅そばの「ロフト駐車場」に車を止め、1本早目の快速特急で向かう。車中は「現役世代」で満員だ。名鉄三河線竹村駅に、市民相談課の牧村さんが待っていてくださった。牧村さんの車で美山小学校へ。高学年(4年~6年)が体育館で体操座りをしながら待機してくれていた。教頭さんの挨拶、牧村さんによる人権擁護委員(5人)と講師の紹介のあと、約30分間、「いのち・生き合う」をテーマに語りかける。冒頭、「好きな姿勢で聞いてくれていいよ」と言うと、歓声があがった。みんな「体操座り」が苦痛なんだ。ハグと握手をたくさんし合って、10時半、終了。帰宅は1時半。遅めの昼食をとり、プールへ。フルメニューを楽しむ。今日のイオンは5%引き。「ブラックニッカ・クリアブレンド」4Lなどをゲット。通帳記入も済ませる。▲岐阜県垂井町合原小学校から封書が届いている。人権講演会(12/5)の謝礼支払いに、マイナンバーなどの書類が必要とのこと。免許証などをコピーする。それにしても、担当の方が、わたしを探し当てるまでのご苦労が想像できるお便りには感動した。▲6時、カミサン・一希君と一緒に、近くの中国料理店「はまゆう」で夕食。おいしかった!家計簿を締める。すべて必要経費だと納得できた。アッハッハ。

☆「伸びる芽信じ ねむの木学園50年─障害のある子に学びの場 宮城まり子さん実践」11/27M)〇障害のある子に教育が保障されていなかった時代に、制度に先駆けて実践を行った「ねむの木学園」(静岡県掛川市)が、開園から50年を迎えた。創設者の宮城まり子園長(91)は、すべての子どもたちの才能を信じ、個性を伸ばす取り組みを続けている。(斉藤純江)〇清水寛・埼玉大学名誉教授(障害者教育)の話:子に合わせ開園 画期的─ねむの木学園の開園当時、まだ養護学校は義務化されておらず、障害の重い子や重複障害のある子は就学を猶予や免除され、学校へ行けないのが普通だった。そんな時代に、民間の個人が、制度に子どもを合わせるのではなく、子どもに合わせて学園をつくり、教育の権利を保障したという点で画期的だった。一人ひとりにいま何が必要かを見極め、障害のある子も適切な教育を受ければ素晴らしい才能を発揮できることを、社会に広く伝えた。学園の開拓精神や人間教育の素晴らしさは、いまの時代にも通じる。▲「運動会に参加した子どもと握手する宮城まり子さん」というキャプションの付いた写真がとてもいい。▲明日の午前中は。岐阜市立陽南中学校での「ハートフル人権ライブ」だ。7時半起床の予定。今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。

部屋の冷蔵庫を交換する。

18/11/29(木)晴れ。
☆8時、起床。9時半、プールへ。買い物はサンドイッチだけ。午後、記事の整理に精を出す。夕方、孫3人と挨拶を交わす。みんな元気で何より。▲カミサンの元教え子、井川さんが冷蔵庫を交換してくださる。同じパナソニック製。18年、よくもったと思う。

☆藤嶋茂美(公立小学校校長)「教員・児童のため 20年度の授業増 撤回を」(「声」11/22M)〇2020年度から実施される学習指導要領の改訂によって、小学校3~6年生の授業時間が年間で35時間増える。(略)影響の第一は、教員の勤務時間の増大である。(略)おそらくメンタルや身体の不調による病休者・休職者の増加、授業パフォーマンスの低下、教員を目指す若者の減少=人材の枯渇といった、学校教育の質の低下につながっていくものだと考える。第二の影響は、児童の負担の増大である。▲わたしが一番危惧するのは、「授業の手抜き」だ。新聞や本を読まない教員が増えているという。困ったことだなあ。今夜は、ここまで。おやすみなさい。ではまた。

瑞浪(みずなみ)南中学校に出かける。

18/11/28(水)晴れ、夕方、雨。
☆8時、起床。ゴミを道向こうの集荷場に出そうとしたら、家のゴミはカミサンが運んくれていた。残された山小舎のゴミを出す。マーサ21前の停留所からバスに乗る。満員だ。奥に進もうとしたら、岐阜大生らしき青年がさっと立って席を譲ってくれた。「ありがとう!」とお礼を言って座らせてもらう。感謝。JR岐阜駅構内の吉野家で久しぶりに「牛丼並+半熟玉子+みそ汁=510円」を食べて瑞浪に向かう。13時12分、市民相談課の山崎さんの車で瑞浪南中学校へ。校長さんと懇談したあと、多目的ホールで180人ほどの生徒に「人権・人間─いのち生き合う」と題して語りかける。反応がすばらしい。3年生の伊藤さんと井戸君はじめ、多くの生徒さんとハグし合い、握手し合う。「比較と競争」の世界を生きてきた歩みを振り返り、「よく生き合う感性と想像力の大切さ」を遺言のように語りかける。終わると拍手が起こった。握手し、手を振って別れる。いい出会いになった。マーサ21経由で帰宅したのは6時半だった。

☆「兵隊さん立ち去らせた兄の勇気」(無職・肥後昌男。宮崎県・84歳。「声」11/28M)〇太平洋戦争末期、家の近くの海岸から米軍が上陸するといううわさが立った。兵隊さんが地域に駐留するようのなったが、みな中年のおじさんばかりであった。その日も空襲警報が発令され、私たち家族は急いで防空壕に逃げた。すると突然、2人の兵隊さんが、防空壕へ入れてくれと駆けてきた。祖母と母、兄、弟、妹と私のとで壕内にゆとりはなかった。母が「大人2人は入れません」と断ると、1人の兵隊さんが「帝国軍人を死なせてもいいのか」と怒鳴って入ってこようとした。その場は修羅場と化した。「オイは先がなかけん、オイが出る」と祖母が壕から出ようとすると、兄が「兵隊さんは国と国民を守る人だと学校で教えられている、僕は陸軍幼年学校を受験するつもりだったが、もうやめた」と力強い声で言い放った。兄の気迫に気後れしたのか、兵隊さんたちは無言で立ち去った。戦争は人間を狂わせてしまう。今は亡き兄から学んだ、信念と勇気を持つことの大切さが、私の終生の指針となった。▲お兄さんが本気で陸軍幼年学校を受験するつもりだったかどうかは別にして、「帝国軍人」の勝手な言い分に抵抗する「決断と勇気」に励まされる。今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。

医院をハシゴする。

18/11/27(火)晴れ。
☆9時半、プールへ。右肋骨近辺の痛みは消えたので、久しぶりに100㍍泳ぐ。異変なし。2時「きだいじ歯科」、4時「オアシス動物病院」(チャチャ)、5時前「かさい内科クリニック」に出かける。チャチャは口内炎を患っているみたいで、ステロイド剤と抗生剤を注射してもらう。わたしは順調。

☆恵那南高校「人権講話」(11/15)の感想文から。
  〇今回の講話は、聴いている人たちを巻き込んで楽しく聴くことができました。ハグしたり、あくしゅしたり、座っていただけだったけど、最後まで、楽しかったです。一番印象に残っているのは「失敗したり、間違ってもいい。失敗したり、間違ったほうが立ち上がれる」という話です。私は「間違えないように、正解の道に進めるように」と頑張っていました。でも、先生の話をきいて、「教室では間違えていいんだ。そのほうが自分は成長できるんだ」と思いました。もちろん間違えないのが本当は良いと思うけど、時には失敗してそこから学ぶというのも良いと思いました。今日聴いた話で学んだことを今後の生活からしっかり心の刻んでいきたいと思いました。(1年生)
  〇今日の人権講話を聞いて、とても心にひびきました。僕も失敗したことがあり、それを今でも後悔していました。でも、今日の講話を聞いて、失敗をバネにして、がんばろうと思いました。僕は人をバカにしたりしていました。でも、それはおろかな人間のやることに今日あらためて感じさせられました。人をバカにしたりしないよう、この先、おろかな人間にならないように心がけ気をつけようと思いました。これから長い人生があるので、自分がどう生きるか、どのようにして生きるか、少し考えさせられました。僕は、今日の講話を心にとめ、この先、生きていこうと思いました。すごくためになった講話でした。(2年生)
 〇今まで聞いてきた講話で一番もっと聞いてみたいと思いました。人権は分かっていたと思っていたけど、人ごとのように思っていた部分があったのかなと改めて感じました。人のことを差別したり、バカにしたりすることは人としておろかなこと、生きていくうえでやってはいけないことということを強く思いました。私自身、授業など発表する場で、失敗したらいやだ、はずかしい、と思ってしまって発表しないことがよくありました。だけど間違えることははずかしいことではない、人間は間違えることが当たり前だ、という話を聞いたので、もっと堂々と話をすることが大事なんだと思いました。人は他の人がいないと生きていけないと思うので、他の人のことをバカにしたりせず、相手を想いやる気持ちを育てていきたいです。(3年生)
 ▲わたし自身、「正解」を探し、「正解」を覚えてきた。「なぜ?どうして?不思議だな?」という問いを横に置いて。それではアカンと気づき、「自分の疑問を大事にし、間違い・失敗・挫折を恐れない」ことを信条にするようになった。恵那南高校のみなさんの感想文に感動する。▲今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。

岐阜市立梅林小学校で給食をいただく。

18/11/26(月)晴れ。
☆今朝は冷えて、同居人のマリリンはずっと布団の中で眠る。7時半、起床。おなかの調子がよくないのでサンドイッチをパスする。9時20分、自家用車で出発。カーナビの案内に従って10時前、梅林小学校に到着。出迎えてくださった校長は、なんと市民啓発センターでお世話になった堀江さんではないか。全校生徒200人ほどが体育館の冷たい床に座って待っていてくれる。約1時間、「みんなちがって、みんないい」と題して語りかける。ハグし合い、握手し合って、「あいさつはいのちの確かめ合いだよ」と伝える。「人は、自分で選んだわけでない事柄をいっぱい持って生まれてくる。それを理由に、友だちにいじわるしたり、いじめたりするのは愚かだ」とも語りかける。2年前、「人権に関する詩の入選作品」になった髙見妃華(たかみ・ひめか)さん(現・6年生)の「ありがとう」を紹介する。〇「バカ」「おまえもバカ」/「死ね」「おまえも死ね」/「うざい」「あまえもウザイ」/悲しい言葉ってね/悲しい言葉でしか返ってこないよ//「がんばって」「ありがとう」/「手伝うよ」「ありがとう」/「大丈夫?」「ありがとう」/「すごいね」「ありがとう」/「信じるよ」「ありがとう」//うれしい言葉のあとには/必ず「ありがとう」/自然と「ありがとう」//「ありがとう」があふれる/「ありがとう」ってすてきだな▲髙見さんは顔を上げ、わたしをしっかり見つめてくれていた。▲「給食はいかがですか」との堀江さんのお言葉に甘え、校長室で一緒にいただく。おいしかった!帰りぎわ、堀江さんから、ブラックニッカウイスキー(720ml)2本とおつまみ3袋をいただく。ああ、うれし。いったん帰宅したあと、プールへ。買い物はなし。肋骨下部のアザは消えた。ちょうど2週間目。最後の湿布をカミサンに貼ってもらう。

☆「困難に向き合い言葉発したい」(小学生・廣木あおい。千葉県・11歳。「声」11/24M)〇私には一つ、困っていることがあります。それは、どもることです。といっても、いまいちピンとこないと思いますが、私は頭の中では言葉ができているのに、言葉として出しにくいことがあるのです。たとえば自分の名前を言う時、それだけで時間がかかることがあります。練習しても、気をつけてもダメなものなのです。けれど私は最近、言葉には同じ意味でも違う言い方があることに気づいたのです。たとえば「一つちょうだい」と言いたい時どもったら「いっこちょうだい」などと言うことにしています。少し時間がかかってしまいますが、方法はこれしかないので、その場で思いついた言葉を使います。ようち園生のころ通っていた、私のような子をサポートする教室を卒業する時、「困った時はぞうさんみたいにゆっくり話すんだよ」といわれたことが忘れられません。私はこれからも、どもることと向き合って上手に生きていきます。▲困難を乗り越えようとする勇気に励まされる。今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。
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  • 山小舎を閉じる。
  • 孫たちと久しぶりに山小舎へ行く。
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藤田 敬一

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