「日本人」という帰属意識があるのかどうか。

18/9/20(木)曇り、ときどき雨。
☆午前中、プールへ。フルメニューを楽しむ。イオンは5%off。カミサンのメモを頼りに買い物を少しする。▲孫たち3人は、みんな元気だ。眞一と一希は「パッソロ塾」へ。夕方、父さんが迎えに来る。

☆「『日本人とは』 拭えぬモヤモヤ」(「HUFFPOST」9/18M)〇テニスの全米オープン女子シングルスで大坂なおみ選手が優勝した。日本人初の4大大会優勝とあって、多くの日本人がわいたことだろう。だが、早稲田大学生の岩澤直美さんはこのニュースに喜びつつも、別の思いがこみ上げたことを「大坂なおみ選手は“日本人”なのか」(11日)で明かした。岩澤さんは日本人の父とチェコ人の母を持つ、いわゆる「ハーフ」。父が米国人、母が日本人の大坂なおみ選手と同じだ。ネットにあふれる大坂選手優勝の感想の中で、岩澤さんは気になる言葉を見つけた。「彼女のような選手を日本人として認められない」。これに「胸を締め付けられるような思い」になったという。優勝を喜ぶ声に対しても、岩澤さんは「モヤモヤした複雑な感情」を抱いた。岩澤さんはこれまで、ハーフであるが故にうらやましがられ、時に差別されてきた。それだけに、ここぞとばかりに大坂選手の快挙を「日本人初」と騒ぎ立てる風潮に違和感を持つのだろう。日本人とは。当たり前のようでいて当たり前ではないこの問題を、私自身もう一度考えてみようと思った。(関根和弘)▲幕末維新期以来、欧米への劣等感を抱き続けた人びとは、湯川秀樹のノーベル賞や古橋広之進選手の1500㍍自由型新記録に歓喜し、自信を回復したかのよういみえた。しかし、そんなものは共同幻想に過ぎない。日本人なるものにこだわるかぎり、「人間への洞察」は閉ざされるにちがいないと、わたしは思う。

☆五木寛之(作家)「語る 人生の贈りもの④ 平壌で終戦 徒歩で38度線を越えた」(9/22M)〇ぼくは同胞という感覚がわかりません。もちろん、ぼくも悪人です。心優しい人を押しのけてでも、という悪人でないと、あの状況下で国に帰ることは誰もできなかったと思います。(聞き手・木元健二)▲五木さんは日本人の大人から、働いてやっと得たパンを奪い取られたという。集団から押し出され、ソ連兵の相手を強いられた女性が戻ってきたとき、病気を持っているいかもしれないから近づくな、と我が子に言う母親もいたとか。五木さんの「同胞への帰属拒否感覚」は深くて、重い。あらためて安易な「同胞意識」に流されまいと思う。今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。

関市第1回「『いきいき生き合い講座』たより」などが届く。

18/9/19(水)晴れ。
☆昨夜、NHK・BS1「世界ドキュ 馬三家からの告発の手紙」(0:00~0:50)を見る。試写室欄(9/18M)で鈴木由里子「中国・労働教養所の現場」を読んだから。〇反政府的な人物らを収容する中国の労働教養所の実態を、世界に発信した中国人男性を追ったカナダ発のドキュメンタリーだ。中国政府が弾圧する気功集団「法輪功」メンバーの孫毅は2008年、遼寧省・馬三家の労働教養所に送られた。孫は拷問や強制労働の実態を伝えようと、所内で製造させられた輸出用のハローウィンの飾り物に手紙をしのばせる。手紙は、娘へのプレゼントとしてその飾りを買った米国に住むジュリーが発見。全米が注目するニュースとなる。施設を出た孫は,拷問の様子をアニメにし政府の実態を広く世間に知らせようとするが・・・。結末は衝撃的だ。彼が命をかけて伝えようとした事実を、とにかく見てもらいたい。▲隠された事実を手紙やアニメで発信する馬毅さんの信念と行動に感動するが、「抹殺」を暗示して終わる結末にこころが震える。それにしても、わたしがかつて学んでいた「中国革命史」とはいったい何だったのだろう。▲チャチャをオアシス動物病院に連れて行く。体重3.76㌔、体温37.5度。昼過ぎ、プールへ。フルメニューを楽しみ、イオンで買い物を少し。

☆関市生涯教育課の武井さんから、先日(9/8)の「出講のお礼」、「感想まとめ」、「講座たより」が届く。その丁寧で詳細な内容に感動する。〇きっと同じ話を聞いているのだと思いますが、聞くたびに新鮮に感じます。わたし自身も変わっているのだと。だから、変わった自分が異なる感じ方をすることができているのではないかと思いました。〇藤田先生の話は、何度もお聴きしていますが、改めて自分の心に問いかけ、生き方を見直すきっかけになり、自分に恥じない生き方をしないければと思いました。〇今年も藤田先生の講座を受ける事が出来たのを感謝します。自分を見つめ直す。毎年思いながら、自分は少しも成長していないと反省します。1その為にもまた、先生の講義を何度もお聞きしたい願っております。〇高齢ですけど、1つでも2つでも、心にとめて生きたいと思っております。〇他人ごとではなく。関心にないことには身に付かず。人生、忘れることのない名言です。〇今まで気にしなかったことや気づかなかったことの多さを知りました。私も70才を過ぎ、人間としてのつとめ、心のゆとりを意識して生きていきたいと思います。〇昔、教員をしていた頃、研修会で先生のお話を聞きました。そのことを懐かしく思い出しながら、今日、話を聞きました。とても温かいお話でした。私も自分自身の人生を振り返りつつ聞くことができました。先生と握手できたことが幸せでした。ありがとうございました。▲みなさんの感想に励まされる。今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。

カミサンの送迎役を引き受ける。

18/9/18(火)晴れ。
☆カミサンが、莉子最後の中学校運動会を見たいというので、10時過ぎ、岐阜西中学校へ送り、11時50分、迎える。結局、莉子の姿は確認できなかったらしいが、それはそれでいい。午後、プールへ。フルメニューを楽しみ、イオンで買い物を少しする。

☆「作業中に住民が暴言」(東京都・30代男性。「職場のホンネ」9/17M)〇東京都内の自治体からゴミの収集業務を受託している会社で働いています。最近つらいのが、作業中に一部の住民からひどい言葉を浴びせられることです。「臭いから早く持っていけ」と言われたり、「勉強しないから、こんな仕事をすることになる」と周囲に向かって大きな声を出されたりします。理不尽な暴言には反論したいのですが、上司は仕事を失うことを恐れて委託元の自治体に伝えず、「我慢してくれ」と言うばかりです、今は仲間内で愚痴を聞いてもらうよりなく、やりきれません。▲愚かで貧しい人間観の持ち主は、政界をはじめとしてどこにでもいるが、たしなめる文化が欠落しているのが、この国の悲しい現実だということ。

☆「差し出されたレジ袋」(北海道恵庭市・五十嵐容子。パート・68歳。「ひととき」9/18M)〇札幌へブリューゲルの絵画展を見に行ってきた。(略)帰り道、バス停の横の木の下に、姫りんごのような赤い実が落ちていた。あまりに可愛いので7粒ほど拾い、お土産にしようとハンカチを捜して手間取っていた。すると、目の前にレジ袋が差し出された。ブルーのシャツを着た、若い外国人女性だった。バックの中を捜す私を見かねて、サッと差し出すさりげなさに驚き、そしてうれしかった。バスの降り際に「どうもありがとう!」と改めて言うと、「どういたしまして」と、流暢な日本語で返してくれた。善意の示し方に、つくづく感心した。私はといえば、今までは席を譲られる年齢になったが、譲るのは失礼ではないだろうかとか、タイミングを考えて譲れなかったことが結構ある。それに、ささやかな善意でも行動で示すのは気恥かしい。そんな思いでためらったことが何度もあった。「『甘え』の構造」で、照れるのは、人前で素直になるのが恥ずかしいからと読んだ。そうかもしれないが、レジ袋の彼女のようにはすぐにはできそうにない。▲朝日新聞のベルリン特派員の、「ドイツの人びとの障害者へのサポートはほとんど反射的だ」という記事(要旨)を読んだことがある。そこから、わたしは「人権感覚とは反射感覚だ」と考えるようになった。「恥の文化」が入り込む余地のない感覚。しかし、いまもってそんな境地に達していない自分を恥じるばかり。今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。
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  • 山小舎を閉じる。
  • 孫たちと久しぶりに山小舎へ行く。
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藤田 敬一

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