障害児教育をめぐる投稿2題。

19/1/17(木)晴れ。
☆昼前、プールへ。フルメニューを楽しむ。イオンでの買い物はサンドイッチなど少し。4時過ぎ、一希君が帰宅早々、「友だちんち」へ。そのまま「パッソロ塾」。ついで、眞一君、莉子さんが帰宅。夕方、母さんが迎えに来た。

☆「障害児就学 悩んで通常学級へ」(小学校教員・丹羽恵美。愛知県・47歳。「声」1/16M)〇小学2年の娘は成長するにつれて発達の遅れが目立ってきました。障害があるため、保育園や小学校では日常生活を支える職員をつけてもらっています。通う予定の小学校の先生方と1年以上前から定期的に話をしました。もし支援学級を希望すれば1人クラスです。娘は、保育園でみんなと一緒に過ごす生活が普通でした。だから、たった1人のクラスに入れることは、娘を苦しませることになると思い、通常学級を希望しました。(略)学校側からは、支援学級へと何度も言われましたが、こちらの思いを伝え、通常学級に通うことになりました。(略)どこの学校現場でも、共に学ぶ「インクルーシブ」を理解しているとは限りません。私が実感したのは、子どものためには親が色々制度を自分で学ばなくてはならないということです。
☆「障害児の就学 親が動かないと」(派遣社員・宮地令子。愛知県・45歳。「声」1/17M)〇昨年の今頃、娘の就学について悩んでいました。娘はダウン症です。保育園での生活は手厚い支援で何の不自由もなく、子どもたちも娘のことをたくさん助けてくれました。ですが、小学校は学区が違うため、慣れ親しんだ友だちと違う学校へ入学しなくてはならず、新しい友だちができるのか不安がありました。市の教育委員会はに相談すると、職員から「友だちなんて必要ない」というようなことを言われてしまいました。障害児について知識がない、障害児に対して偏見をもった職員もまだいるのが現実です。学校を見学したり、自らダウン症についての資料を作成して学校に渡したりしたろ。(略)今では、学校とうまく連携させてもらっています。この時期、就学で悩んでいる人は多いと思います。私の体験から言えるのは、教育委員会と学校現場が連携して対応してくれること、受け入れ体制も充実してほしいということです。私たちが動かなければ何も変わりません。
▲障害児教育について、教育委員会や教員のなかに「無理解による忌避感」がなくならないということだろうか。もしそうなら、悲しい。

☆「高橋源一郎の歩きながら、考える─収容所の外国人 完了のない支配─国籍で人を見る 分断を生むだけ」(1/17M)〇「外国人労働力」を確保しようと政府は出入国管理法を改正しました。国籍の異なる人々が国境を越えて出たり入ったりする場面が増えます。「出口」の一つ、光の当てられにくい外国人収容施設を作家の高橋源一郎さんが訪ねました。寄稿を掲載します。(編集員・塩倉裕)─「大村収容所を廃止するために」と銘打たれた雑誌「朝鮮人」は、1969年に創刊された。(略)この雑誌を最後まで支えた哲学者の鶴見俊輔は、終刊号の座談会でこう語っている。「日本人であることから離れて、離れられないなら一歩距離を置いてね、人間として見る目を持っていればね、どこでも通用する。それが、在日朝鮮人に対する在日日本人のとるべき見方ではないでしょうか」。鶴見は、わたしたちが当たり前にするように人をまず国籍で考える、ということをしなかった。その考えは、わたしたちをただ分断するだけだからだ。鶴見にとって、目の前にいるのは、同じ人間だった。いや、苦しむ人間と、それを助けることができる人間の2種類だけだった。(下略)▲いま読んでいる黒川創『鶴見俊輔伝』(新潮社)はまだ1950年代初めまで。雑誌「朝鮮人」は、たしか書棚にあるはずだ。探すことにしよう。今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。

國分功一郎さんの連載コラム最終稿を読む。

19/1/16(水)晴れ。
☆9時前、チャチャをオアシス動物病院に連れて行く。体重3.54㌔、体温37.1度。点滴のあと、爪を切ってもらう。9時半、プールへ。フルメニューを楽しむ。イオンでの買い物はなし。▲一希君、眞一君、莉子さんが順に帰ってくる。みんなと挨拶を交わす。元気そうで、何よりだ。▲夕方まで、黒川創『鶴見俊輔伝』(新潮社)を読む。

☆國分功一郎(哲学者)「思考のプリズム 大衆社会と全体主義 『政治』が消えゆく前に」(1/16E)〇この連載記事も今回が最終回である。今回は現代政治の展望のようなものを、哲学者ハンナ・アーレントの思想を参考に考えてみたい。アレントは『全体主義の起源』の中で、階級社会の崩壊と大衆社会の出現こそが、全体主義の前提条件であったと述べている。大衆社会とはつまり、階級のような人々の帰属先がなくなった時に出現する社会に他ならない。(略)大衆社会では人はいかなる社会集団にも属していない。したがって「大衆は共通の利害で結ばれてはいない」。大衆には、これだけは譲れないと思える共通の利害が存在しない。(略)大衆は論議によって説得する必要がない。なぜならば説得は相手が何か意見を持っていることを前提としているからである。大衆は彼らを包み込んでいるように見えるスローガンによって動かされる。(略)私が考えるのは地域である。地域のことは自分たちに直接関わる。国政政党はしばしば国家のために国民を犠牲にするが、地域を根拠とする政党ならば必ず地域住民のことを考える。また地域を代表する集団との繋がりは、地域における政治参加を促す。その営みは人々の心の中に、これだけは譲れないと思える価値観や利害関心を育てるだろう。(略)アレントによれば政治とは言葉による論議と説得である。論議も説得もないのは、政治がなくなっているということだ。我々は政治の消滅を迎えつつある。それをそのまま迎えることがあってはならないとうのがこの連載を通じて私の述べたかったことである。▲「地域からの再生」ということか。かすかな可能性に託す國分さんの「希望」を感得した。

☆鷲田清一「折々のことば」1/16M〇本家に気兼ねすることなくやっているときに、日本人は結構おもしろいものをつくることができたんじゃないか。高畑勲。中国や西洋という「本家」を模倣しようとしながらそれが叶(かな)わないところで、日本文化は限界を逆手に取って多くの創発を生んだと、アニメ監督は言う。例えば漫画で独自のコマ割りの手法を編み出し、躍動感溢れる表現を可能にしたように。外交にもそうした創発があれば。評論家・加藤周一著『日本 その心とかたち』での対談から。▲「日本の伝統」を言い立てる議論に辟易する。そうではなくて、加藤さんの「雑種文化論」や高畑さんの「限界を逆手にとっての創発論」の方が、穏やかで、ゆるやかで、心地いい。今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。

「はぐれて」のニホンザルの姿に想う。

19/1/15(火)晴れ。ときどき時雨。
☆同居人、マリリンがゆっくり寝てくれた。8時起床。9時半、プールへ。フルメニューを楽しむ。今日、イオンは5%引き。「ブラックニッカ・クリアブレンド」4Lなどをゲットする。3時、「きだいじ歯科」へ。黒川創『鶴見俊輔伝』は、ようやく「思想の科学」発刊にたどり着く。▲一希君と莉子さんが帰ってくる。眞一君は自宅へ直行。みんな元気そうで何よりだ。▲全日本動物写真コンテスト「はぐれて」(京都府・大橋政美。1/15M)。30匹以上のニホンザルが体を寄せ合って寒さをしのいでいる横に、ひとり小さな子がうずくまっている。何かの事情ではぐれたのだろうか。「はぐれて」という題が切ない。

☆「東学農民戦争をたどって①民衆抵抗の地 初対面で涙」(1/15E)〇韓国の西海岸、忠清南道・泰安にある白崋山のふもとに石造りの塔が立っている。先端部に「甲午東学革命軍追慕塔」の文字が見える。(略)昨年秋、塔の近くで初対面の2人の女性が涙を浮かべながら無言で肩を抱き合った。一人は、東学農民戦争ゆかりの地を回る東京の元小学校教員、三留弥生さん。(略)別の一人は「東学農民革命遺族会」の地元組織の会長、文英植(ムンヨンシュク)さん(64歳)。「この辺りは多くの農民の死体が散らばって、川が血で染まったと聞いています」と話す。東学農民軍は「人間は平等である」という思想に立って日本軍だけでなく、その指揮下の朝鮮政府軍や、農民に圧政を強いた地方官吏、地主層とも戦った。(略)地元の中学教員で東学研究者の張守徳(チャンストウ)さん(57歳)が冒頭、こう話した。「みなさんは直接の加害者ではないし、私たちも直接の被害者ではありません。同じ歴史を学ぶものとして、ナショナリズムを超えて、ヒューマニズムの立場から共に前に進んでいきたいと思います。」知られざる東学農民戦争の歴史をたどる。(上丸洋一)▲上丸さんが定年前に選んだテーマが「東学農民戦争」だったとは。じっくり読ませてもらうことにする。今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。
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  • 孫たちと久しぶりに山小舎へ行く。
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藤田 敬一

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