瑞浪市へ出かける。

19/3/19(火)晴れ。
☆6時起床。7時40分、車で出発する。JR岐阜駅西駐車場に車を止め、瑞浪市へ。今日は「瑞浪市人権施策推進ネットワーク会議」だ。早め早めの行動を心がけている。案の定、JR東海道線が遅くれたが、会議には間に合った。座長として司会を担当。事務局の報告のあと、出席委員(10人)から活発な意見が出される。わたしは「点から線へ。線から面へ」とネットワークを広げるよう改めてお願いする。瑞浪市『ちょっといい話 8』(19/2)を10冊いただく。▲帰途、JR岐阜駅構内の「吉野家」で、久しぶりに「牛丼並+半熟玉子+みそ汁=510円」を食べる。おいしかった。一旦帰宅して、プールへ。ハーフメニューを楽しみ、イオンでサンドイッチなどをゲットする。

☆「愛ある対応 コンビニ店員に拍手」(主婦・北浦ひとみ。長崎県・60歳。「声」3/17M〇コンビニや飲食店が店員の不適切な行為と動画投稿で、店の評判を落としています。そんな昨今、近所のコンビニで店を応援したくなる出来事を目にしました。中高生ぐらいの男の子が支払いをしていると、レジの店員が顔を上げず「ポケットの中の物を出してください。計算します」と言いました。少年が驚き、ポケットの中の商品を出すと、店員は小声で「ポケットに入れると万引きと間違えられるから気をつけてください」。あの少年はもう万引きはしないと思いました。店員の対応は、悪いと決めつけたり罰を与えたりするのではなく、愛を持った教育だと感じました。だから私は、これからもそのコンビニに行きます。▲「愛ある対応」。そのとおりだと思う。「だから私は、これからもそのコンビニに行きます」という宣言が、すばらしい。

☆「教諭が叱責 中2自殺─2017年尼崎 いじめ 耳傾けず─第三者委認定」(3/19M)〇兵庫県尼崎市立中学校の女子生徒(「当時13歳)が2017年12月、「学校がしんどい」とメモを残し、自宅で自殺した。市教委の第三者委員会は、学校でいじめがあったうえ、教諭らが生徒のSOSを受け止めず、誤解をもとに理不尽に叱責したことが自殺に影響したと認定した調査報告書を、18日に発表した。▲「第三者委は『担任はクラスを統率できず、授業中も私語が目立つ状態になっていた』とし、『いじめが裏に隠れているという認識でアンケートを見ず、いじめを積極的に把握する姿勢に欠けていた』と批判した。第三者委は、さらに別の教諭が誤解を元に理不尽に叱責したことなど複合的な要因が絡み合って自殺に至ったとし、『学校が適切に対応すれば、自殺を防ぐことができた』と指摘した。」(3/19E)とも。これは一体、どういうことだろう。記事からは、教員が抑圧に加担しているとしか読み取れない。ああ。▲今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。

市民保健センターに出かけるカミサンのアッシー君を務める。

19/3/18(月)晴れ。
☆昼前、カミサンを岐阜市中(なか)市民保健センター(都通り2丁目)まで送る。「高齢者用肺炎球菌感染症予防接種」の補助申請用紙をもらうためだ。送られてきた書類を紛失したらしい。水曜日、接種のために「かさい内科クリニック」に同行する予定。一旦、帰宅してプールへ。フルメニューを楽しみ、イオンでサンドイッチをゲットする。莉子さんのお友だちがみえている。眞一君と一希君は「友だちんち」へ。夕方、母さんが迎えに。

☆「元2等兵 開戦の真相知りたい」(無職・荻野文雄。神奈川県・94歳。「声─平和のバトン」3/18M)〇多くの大正世代が戦死した中で卒寿を超え命あることに感謝し、「戦争放棄」をうたう日本国憲法を繰り返し読んでいる。戦争末期に陸軍2等兵として軍隊生活を送った。つらかったのは新兵いじめと、活字に触れるのは軍隊の典範令だけだったことだ。敗戦後、なぜ日本は国力差の巨大な米国に挑戦し破滅したのか、真相を知りたくていろいろ本を読んできた。「昭和天皇独白録」には、開戦について石油の対日輸出禁止が日本を窮地に追い込んだとあった。神風特別攻撃隊第1号、関行雄海軍大尉の最期を思う。出撃して敵艦を発見できず帰投、5日目が最後となった。出撃前に報道班員に語った。「僕は天皇陛下のためとか日本帝国のためとかで行くんじゃない。最愛のKA(妻)のために行く」。軍神として戦意高揚の象徴にされた大尉が、こんな人間的な言葉を残したことに感銘を受けた。「国のための戦争」も、人間性を奪うことなどできない。これからも本を読み、世界史や昭和史をさらに学びたい。▲94歳の荻野さんの生き方に敬服する。

☆大久保真紀(編集員)「虐待対応 児相の抜本的改革を─千葉・小4女児死亡でも不手際─『命を守る』役割果たせず─思い切った資金投入 必要」(「MONDAY解説」3/18M)〇千葉県野田市の小学4年栗原心愛(みあ)さん(10歳)が1月に自宅で死亡し、父親が傷害致死などの罪で起訴された事件を受け、厚生労働省は児童相談所の体制強化をめざす児童福祉法などの改正案を固めた。子どもを守るためには児相の専門性の向上や体制そのものの改革が待ったなしだが、改正案は根本的改革と言えるないようではない。何が必要なのか。(略)私は児相をめぐる人員や専門性の問題、社会の仕組みなどの課題を20年前から指摘してきた。日本は国際的にみても虐待対応にかける費用が少なすぎる。いまこそ国は思い切って資金を投入し、本気で抜本改革に取り組むべきだ。あと何人の「心愛(みあ)さん」が犠牲になれば、社会は動くのか。もう先送りは許されない。▲かつて「墓場福祉」という言葉があった。殺されたり、自殺してしまう人が増えないと、この国の福祉政策は進まないという意味だろう。大久保さんは、そんな現実にめげず、執拗に取材してこられたと思う。今後のご健筆を念じる。▲今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。  

孫たちの進学と進級を祝う。

19/3/17(日)時雨れ、のち曇り。
☆12時、本巣市の「日本泉」で、莉子さんの高校進学、眞一君の中学進学、一希君の4年生進級を祝って会食する。母方の祖父母を含めて10人。一希君の相変わらずの旺盛な食べっぷりに感動する。2時半、プールへ。フルメニューを楽しみ、イオンでサンドイッチをゲット。▲保阪正康『昭和天皇 上』朝日新聞出版)は、ようやく「1945年8月15日」にたどりついた。

☆「不登校の息子はオンリーワン」(無職・渡辺道子。千葉県・65歳。「声」3/17M)〇息子は、小学校4年のころから学校に行き渋るようになった。おなかが痛いの?なら学校に行かなくてもいいよ─でも、息子はうれしそうな顔はしなかった。「ボクは弱いから」。担任教師は冷ややかだった。「いじめから逃げない強い子に育てなきゃダメですよ」「どこへ行っても今のままじゃ同じです」。ここが親の踏ん張り時。子どもの心に寄り添う気構えだけは忘れないと決めた。中学生になり登校を再開したが、半年で「もう行きたくない」。うんうん。そんな学校、やめちまえ!と言うと、息子はやっと笑顔を見せた。そしてフリーター生活。21歳になったある日、「ボクは自立する」と宣言した。一人旅で気に入った仙台で暮らすという。通信制高校を決め、働きながら4年で卒業。オール5で生徒会長もやったというから驚きだ。就職し、結婚し、2児の父親に。今年で40になった息子に、私はエールを送り続ける。「あなたはオンリーワン!」。胸を張って言える気がする。▲「いじめから逃げない強い子に育てなきゃだめですよ。どこへ行っても今のままじゃ同じです」という担任の言葉が悲しい。その教員はおそらく「優等生」だったのだろう。こういう教員が多くなったような気がする。

☆「朝日歌壇」(3/17M)から〇「先生の最終講義は被差別の民作られし史実であった」(赤穂市・黒岩基之子。永田和宏選評「先ごろ亡くなった直木孝次郎先生を悼む歌」。直木さんの最終講義を、わたしも聞きたかったなあ。〇「一言も話していないと思う日の夕は新聞を声出して読む」(町田市・谷和子。高野公彦選評「作者九十一歳、独り暮らしなのだろう」。人と話をしないで過ごす日であっても、新聞を声を出して読む生き方に励まされる。今夜は、ここまで。ではまた。おやすみなさい。
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  • 山小舎を閉じる。
  • 孫たちと久しぶりに山小舎へ行く。
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藤田 敬一

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